南アで先生をする人のブログ(因島編)

JICA海外協力隊。南アフリカ共和国で小学校の先生をしています。

特別任期満了/今後について

ここのところバタバタしていて、ブログの優先度がだだ下がりでした。今確認したら音信不通の1ヶ月強の間にもたくさんの人が覗いてくれたいたようで、ありがたい限りです。今日はまとめてつらつらと報告していきます。

 

①特別任期満了

実は今月2日をもってJICA海外協力隊としての任期を満了しました。元々現職参加だったので、コロナが収まるまでひたすら再派遣待ちという選択肢は無く、3日からは復職しています。といってもすぐ夏休み期間に入りまして、明日からが本格的な復職です。温かく送り出し、そして迎えてくれた職場に少しでも恩返しできるよう頑張ります。ほぼ丸1年おやすみしたので社会復帰できるか心配ですが。

 

因島での活動終了

因島での活動を7/29に終えました。約2ヶ月お世話になりました。プラスの酒井さん木下さん賢さん、島内でお世話になったたくさんの方々、遊びに来てくれた森と翔生、尾道広島市内、他の島々で仲良くしてくれた方々など本当に沢山の人たちによくしていただきました。改めて、ありがとうございました。落ち着いたらまた必ず遊びにいきます。

それから、私の後続として因島でも何人かの協力隊員が活動を開始しました。本当は一緒に活動したかった……! こうしてプロジェクトが生まれるきっかけの一つになれたというのは嬉しいな。

note.com

 

③国内での活動報告

色々なことをやらせてもらえたのだけど、前回記事から加えてお伝えしたいことが2つ。

一つ目は因島最終日、ギリギリで島内の重井中学校にて2年生を対象に一コマ授業をさせてもらいました。テーマは「社会で必要な力とは」。教師としての仕事、JICAとしての仕事を軸にキャリア教育について話させていただけました。島内で自分の専門を生かした活動がさせて貰えてありがたかったです。授業後「あー面白かったー」とある生徒が友達と話している声を聞けたことも励みになりました。

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二つ目は7/31、母校の所沢北高校で全校生徒に対してオンラインでの講演をさせていただきました。後輩たちに少しでも刺激を与えられたならとても嬉しいです。講演後の個別相談会ではフランクに熱をもって後輩たちと話をすることができて、私自身もとても良い時間になりました。それともう一つ。4年前にクラブ活動の担当をしていた当時小6の子が北高生として入学していました。当時と変わらないとっても良い笑顔で声をかけてくれたのがすごく嬉しかった。教師冥利に尽きる瞬間でした。準備から当日まで全てを請け負ってくれた矢萩さんに感謝です。

 

④今後について

JICAが用意した“派遣登録制度”を活用し、候補者として登録しました。これはコロナが落ち着き再派遣の目処が立った時、再訓練などはなしで当時の任地に優先的に派遣される制度です。登録はしましたが、声がかかったその時には、もう一度自分の状況や気持ちを見つめその上で判断したいと考えています。諦めるのではなく区切りをつけ切り変えて、まずはこれから出会う新しい日本の子どもたちに全力を注ごうという気持ちです。

 

⑤今回の経験について

まさに自分の世界が広がる経験でした。うまく書けないけれど、自分の“生き方“を考える視野がグッと広がった感じです。どんな場所で、何を求め、何に喜びを感じ、どんな人たちと、どのように生きていくか、みたいなものがすごく自由になりました。「世界は広い」という言葉は物理的にも精神的にもその通りで、私はその広さに圧倒される瞬間が大好きです。これからもそうやって生きていきたいですね。

 

 

なんだか抽象的なことまで話してしまいましたが、以上が空白の1ヶ月ちょっとであったことや考えたことです。

正直まだまだ自分自身の心がふわふわしているところがあるのですが、今まとめられる範囲で書いてみました。

明日からは普通の小学校教員に戻るので、次にこのブログが更新されるのはいつになるかわかりません。が、忙しさにかまけず今後はJICA海外協力隊OBとしても社会と繋がっていきます。

 

「いつか世界を変える力になる」

この言葉に昔も今も励まされます。

 

おまけは南アでよく見たAgapanthus。

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因島での活動

友人たちから「島で一体何やってるの??」とよく聞かれるので今日はそのことを。

まず受け入れ先ですが、現在は株式会社プラスさんにお世話になっています。

広告代理店で、因島尾道ブランディングやイベント、移住相談などを市などから請け負っています。

plusinc.jp

社会人を始めてから「株式会社」に縁がなかったので、教員をやっていては出会えないような人達(デザイナーさんや建築家、照明アーティスト、錆和紙を使った芸術家など)との出会いやお話はそれだけでもとても刺激的です。それに会社に限らず島内で出会った様々な人たちも。いつかどこかで今回の繋がりが活きると面白いなと思ってます。

とはいえ私自身はプラスに必要なスキルや才能があるわけではなく、基本マンパワー的な面でのボランティア活動をしています。以下写真を交えながら活動を紹介。

 

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最初の2週間ほどは主に事務所の環境整備をしていました。柵にペンキを塗っています。事務所は元保育園で地域交流館(「晴耕雨読」という名前、ここの運営も会社の業務の一つ)の中にあります。柵の長さは全部で80mほどかな。柵一つ塗るだけでも意外と時間と労力がかかることを身をもって知りました。近所のおじちゃんおばちゃんが「暑いねえ、休みながらやるんだよ。」「綺麗になったねえ。」と声をかけてくれるのが嬉しい。

 

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砂場周辺の草を全て刈る→防草シートを打つ→砂利を敷く→完成 文字にすると簡単そうだけど意外と大変でした。2人がかりで2日半くらいかかったかな。これ以外にも建物裏の木を切ったりヘチマを植えたり芝生の管理をしたりと事務所周りのいろいろなことをやっています。最近は出先で芝生を見ると「緑が綺麗でよく育っている芝だなあ」「長さもちょうどいいしキメの細かい立派な芝だなあ」と思うようになってきました。芝生職人。

 

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島の観光スポットである「大浜灯台」とその周辺の管理も請け負っています。人が通れるように道を拓いたり周辺の草を刈ったり。写真は割愛しますが何箇所かトイレ清掃もしています(汚い上に大小200匹くらい蛾がいるトイレもあった)。観光地に行っても普段は意識しないけど、自分が経験して初めてこういう仕事をしている人へのありがたみを実感しました。誰かがやってるんだよね。そして誰かがやらないとみんなが困る。ありがたい当たり前だよね。

 

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草刈機を使っての作業もかなり慣れてきました。会社が市から委託されているキャンプ場の草をガンガン刈っています。最近は梅雨真っ只中なので、前に切ったはずの草がすごい勢いで伸びています。キリがないなと思うと同時に自然には勝てないなとも思います。草刈機楽し過ぎてマイブームです。

 

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会社のお手伝い以外にも、知り合った柑橘農家さんに声をかけて畑のお手伝いをさせてもらいました。これはオリジナルの肥料です。鶏糞人糞もみ殻をブレンドして作っているんだって。前の年に仕込んでおいて一年かけて作るそうです。時間をかけているからなのか嫌な匂いは全くしません。チラッと写っている大工さん、とても気さくで優しい人でした。

 

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奥の小屋は八朔を管理するために現在建設中。畑のお仕事はちょろっとでほぼこちらの小屋作りの手伝いをしていました。普段DIYとかしないタイプなので色々な工具にチャレンジできて面白かった。大工さんにアドバイスもらいながらだけどほとんど自分たちで建てているらしい。すごいよね。手前のタンクは別な場所からここまで運んできました。台になっているコンクリはとんでもない重さで、軽トラで引っ張りながら移動させました。

 

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こちらはまた別の日。知り合いの大工さんに誘われて尾道のお宅に行き、壁に漆喰を塗る作業をしてきました(大工さんにとっても本業ではないので、仕事ではなく友達付き合いでのお手伝い)。漆喰をムラなく塗るのは本当に難しくて、ちょろっと体験させてもらった後は大人しくできる手伝いをしていました。プチ職業体験。

 

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漆喰のお手伝いをした日のお昼ご飯。猪肉を振る舞っていただきました。因島の近所にある高根島に猟師をやっている女性がいるとのことで、その人から分けてもらったそうです。写真は猪肉のタン、初めて食べた。他にも脂身や赤身もいただきました。全く臭みがなくて美味しかったです。

 

と、いくつか紹介したようにポツポツと色々なお手伝いをしています。

本当は島内の小中学校に行って何かお手伝いや国際理解的な授業ができればなとも思っていたのですが、やはり現場はなかなか忙しく難航しています。押しつけてもしょうがないのでできる手伝いを今後もしていく予定です。

 

最近は梅雨真っ盛りでまさに晴耕雨読な生活をしています。雨の日は文字通り本を読んだいこうしてブログを書いたりJICAの報告書に取り組んだり。贅沢な時間の使い方をしています。

 

今週はずっと雨。そろそろ浜辺を散歩したいなあ。あと草刈機やりたい。

南ア→因島へ 島の魅力

少し変化があったのでご報告です。

6月から広島県因島にてボランティア活動を行なっています。

受け入れ先は島内にある広告代理店で、尾道市因島ブランディング、島内でのお祭りやイベントの企画、キャンプ場や浜辺の管理などを行っています。私自身はオフィスやキャンプ場周辺の環境整備をしています。他には徐々にだけど島内の学校へ見学に行ったり、近所の畑仕事を手伝わせてもらったりと、活動の幅を広げているところです。詳しくはまた別な機会に書こうと思います。

 

さて今日は因島の魅力について。

常々思っていました。「将来住むなら瀬戸内の島がいい。」

今まで国内様々な場所を旅行しましたが、その中でも惚れ込んだ場所が瀬戸内の景色でした。特にしまなみ海道が好きで、広島側からも愛媛側からも、自転車で走破したことがあります。約66km、愛媛と広島6つの島とそれを繋ぐ橋からなる世界有数のサイクリングロードです。

www.hiroshima-kankou.com

 

 

そんなしまなみ海道の広島側から見て2つ目の島が、私が今活動している因島です。旅行した時以上に好きになった因島の魅力をお伝えしますね。

 

1.とにかく景色が素晴らしい

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 青緑の穏やかな海。青い空と白い雲。ポコポコと出ている緑の島々。柑橘の爽やかな香りと鳥の鳴き声。全てが完璧で最高です。この写真は因島で一番高い白滝山の山頂からの景色。360°見渡す限りこのような景色が見えます。ちなみにこの山にはキジがいて、私もすでに2回見ました。イノシシもいるみたいなので一度会ってみたい。

 

2.はっさくが美味しい

因島は八朔発祥の地だそうで、島中に八朔の木が植えられています。畑としてしっかり管理されているものから野生化したものまで。そのため島を歩くといつも八朔のいい香りがします。今は時期じゃないけど収穫期はもっといい景色と香りなんだろうなあと想像。

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島の名物ははっさく大福です。しっとりもっちりの皮、八朔の邪魔をしない程よい甘さで滑らかな白餡、メインの八朔はびっくりする程瑞々しく爽やかな甘味と酸味にほんのちょっとの苦味。これまた完璧です。想像以上の美味しさでした。島の人が言うには時期によってもはっさくの良し悪しが変わるので4〜5月がベストらしい。作りたてだとさらに美味しいので午前中の購入がおすすめ。

 

3.島の人が優しい

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住み始めて1週間ほど経った頃。

お隣のおばあさんに挨拶をしたら「これもっていき」と立派なきゅうりをもらう→それを使って簡単な料理を作ったのでお裾分けする→「あらありがとう、ついでにコレもっていき」と今度は畑で取れたオレンジをもらう 絵に描いたような田舎的なやりとりで少し感動しました。きゅうりもオレンジも美味しかった。

友人に話したら「リアルどうぶつの森じゃん…」と言っていました。

 

4.造船業がすごい

これは住むまで全く知らなかったです。この辺りの島々では柑橘以外に造船業も盛んだそう。中でも因島は「因島鉄工業団地」と名付けた13もの会社が集まっている団地があり、中ではそれぞれの会社が連携し効率的に仕事を進めているそう。このような仕組みは全国的にも珍しいそうです。

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この前は知り合いにアポを取ってもらって見学してきました。団地では大型船を作るためのパーツであるブロックを各工場で作っています。一つのブロックは大きいものだと15m以上、重さは60tにもなるそうです。初めて見学した時には想像を超える大きさに驚きました。自分の職種とは全く違う世界に触れる機会がもてて、ありがたい限り。

 

5.ポルノの生まれ育った島

一部の人にとってはこのイメージが一番にくるのでは。因島は有名なポルノグラフィティのメンバー2人が生まれ育った島です。島の至る所にはポルノのサインや写真が飾ってあります。ポルノファンの人たちにとってこの島は聖地らしく、島内にはファンが集まるカフェもあります。好きすぎて移住する人も多いそうです。サインを目にする機会がありすぎて写真は撮っていません。

 

他にも素敵な人もの場所たくさんあるのだど、このあたりにしておきます。

 

因島での新しい活動は楽しいけれど、任地のこともよく考えます。南アの友達や同僚と今でもちょこちょこ連絡をしています。南アの総感染者数はすでに12万人近く。私が住んでいたKamhlushwa でもコロナの感染者が出たそうです。田舎なので感染が広まったら大変なことになってしまうのではないかと心配ですが、今の自分には「気をつけてね、手洗いうがいしてね」と連絡することくらいしかできず。拡大しないことを祈るばかりです。

生存報告

大変お久しぶりです。

今日で帰国から2ヶ月と3日が経ちます。早いものですね。

南アにいた期間が3ヶ月と3週間だったのですが、この感じでいくとあっという間に待機期間の方が長くなってしまいますね。

 

今日は生存報告ができればと思っての更新です。

隔離期間終了後から実家で待機し、3日にいっぺんの買い物と日々の散歩を楽しみに生きています。

元気です。

 

隊員としての活動は申し訳ないことに十分にできていません。

南アの同僚や友人たちとたまにWhatsApp(アフリカで主流のSNS)で連絡をとったり、活動中にとっていた資料をまとめたり、語学の勉強をしたり(これは最近サボり気味)。オンラインで他の隊員と会議をしたり、たまに情報をもらって興味のある勉強会に参加したり。

「いまできることを」というと耳触りはいいけれど、(任地に対して)実際大したことはできていないなあというのが実感であり、最近までそこが一番のストレスでした。

隊員の強みである「現地の人と同じ場所に住み、同じものを食べ、共に生活する中で」の草の根的国際協力が封じられている今、そして再赴任の見込みもなかなか立たない中、果たしてオンラインでできることがあるのだろうかとモチベーションを保つことも苦労しています。

 

根っからの面倒くさがりである私は「お金が無限にあるならば働きたくない」タイプの人間ですが、今回の期間を経て「他者や社会と関わり貢献することの喜び(確かアドラーが言っていた)」が人間には必要なのだとちょっと感じています。特に「よし2年間頑張るぞ!」という気持ちでスタートしたばかりだったので。肩透かしを喰らった気分です。

 

 

緊急事態宣言が解除されましたね。

最近まで長めのモヤモヤ期だったのですが、現在は国内でのボランティア需要に目を向けて活動していこうと準備中です。やっとできることが見つかった感じ。

とはいえまだまだ不安定な世の中です。無事に国内での活動がスタートしてここでも活動報告ができるようになるといいな。

 

 

なにも写真がないので、夜散歩したときに出会った猫を。

ソーシャルディスタンス。

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国内待機の様子

隔離生活も早11日目です。

いまのところ体調を崩すこともなく、元気に生活をしています。

 

14日間の隔離生活、つまらなくて辛いんだろうなあと思っていましたが、意外とあまりストレスを感じずにここまできています。

先日他の隊員と話をしている時(もちろんマスク着用3蜜回避、短時間)に、ある人が「任地に1人でいるのも隔離されているようなものだよね。」と話していました。本当にその通りだなと思います。そして任地に比べれば今の環境はかなりストレスが少ないです。停電も断水の心配もないし、ネット環境も安定している。口にあった食事も食べられる。何より日本語でコミュニケーションを取れることが大きいです。相手の言っていることがわかる、自分の考えが伝えられる。任地にいる時はそれが当たり前だったので気づかないようにしていたのかもしれませんが、やっぱり言葉の壁というのは相当なストレスなんだなと実感しました。

だからこそ同時に、「もっともっと英語やスワジ語がはなせればなあ」とも思います。言語の壁がストレスなら、勉強して補うしかないよなと。スワジ語はもちろん英語も苦手なので、これからもコツコツ力をつけていきます。

 

さて、ここからは写真を交えて。

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施設ではありがたいことに毎食お弁当が出ます。廊下の机に置かれた物を取って自室で食べるという形です。たった4ヶ月弱しか経っていないのに、久しぶりにお味噌汁を飲んだ時は本当に染み渡りました。それからおにぎりの美味しさたるや。しっとりした海苔とお米の絶妙な塩加減最高。南アのお米も悪くなかったけどやっぱり日本のお米が一番ですね。

 

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久しぶりにお湯を張ってお風呂にも入りました。温泉大好き人間なので久しぶりの湯船は極楽でした。けどお湯を溜めている時に「ものすごい量のお湯使ってるな……シャワーだったら5分の1くらいで済みそうだな……」なんてことも過ぎりました。南アでのシャワー生活はいつお湯が出なくなるかわからないのでいつも短時間で済ませていた結果だと思います。人ってこんな短期間でも感覚が変わるものなんだなと実感。

 

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Amazonって本当にすごいね。野菜成分が欲しくて注文したら翌日届きました。南アにもtake a lot という似たような会社があるんだけど、以前pcの充電器を注文したら届くまで3週間くらいかかりました。ちなみに田舎なので僻地料?として追加料金(確かR100≒600円くらい)も取られました。とはいえネット注文で欲しいものがちゃんと届くんだからやっぱり南アは比較的発展しているなとも思います。

 

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隔離生活ですが、敷地内を歩くことは許可されているのでよく散歩しています。今年は桜を見ることができると思っていなったので、棚ぼたでした。南アフリカのサクラとも呼ばれているジャカランダ(紫色で綺麗)は10月が見頃なので、その頃には向こうに戻れるといいなあ。先行きの不透明な状況ではあるけれど、戻った時に良い活動ができるように、今は国内でできる準備や勉強をしたいと思います。

 

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おまけ。足元に咲いていたきれいな色の花。名前わかる人いたら教えてください。

帰国報告・コロナのこと

報告が少し遅くなりましたが、無事に帰国しました!

南アの方は26日から3週間のロックダウン(首都封鎖)がスタートしました。24日に出国、25日に帰国したので割とギリギリ。便も当初取っていたエミレーツ航空は全便欠航が22日に決まり、その日のうちにカタール航空のチケットを取り直すという様子でした。不測・緊急の事態の中で出国準備をしてくださった事務所の方々には本当に感謝しています。自分が守られている立場だということを実感しました。

 

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写真は前日に泊まった事務所近くのゲストハウス。ものすごく清潔で整っていてびっくり。任地(田舎)との格差がすごい。値段は一泊約R650(≒4000円)です。ちなみにうちの近所の平均的な家賃はR1500(≒10000円)程度。こういう時に南アの二面性やアンバランスさを感じます。

 

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今回は南アの2便(1便の隊員は22日に先に出国しました)2名と隣国エスワティニの隊員1名、レソトの隊員1名、計4名での帰国でした。2年間の任期を全うし、大荷物での帰国をする先輩隊員もいました。レソトの帽子(三段重ね)は大人気でいろんな人から声をかけられていました。こんなことになっちゃったけど、自分もなんとか2年間全うしたいな。

 

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24日の午後便で出て、25日の夜に着。写真は成田空港。着いたときにはかなり安心感がありました。飛行機はほぼ100%日本人、マスクの着用率もほぼ100%でした。検疫はヨーロッパと一部の国から帰ってきた人に対しては厳しかったですが、南アは特に制限されていませんでした。

 

現在は国内で隔離生活を送っているのですが、それについてはまた次回書きたいと思います。

後半はコロナ関連で今思うことを書こうかなと。

※以下は帰国後まだ外との交流ができていない中みんなの考え方や様子があまりわからない状況で考えたことです。個人の現在の意見として捉えてください。

 

自分なりにニュースやらSNSやらで情報を集め感じたのは、国民全員が最大限の厳戒態勢を取り続けることはやはり簡単なことではないということ。全く外に出ず、誰とも会わず喋らずを何ヶ月も続けることは(一時的には必要であったとしても)実際問題難しいです。そうではなく感染予防(移さない、貰わない)の意識を高め、それを持続していくことが重要なんじゃないかと思います。結局基本に戻ってしまいますが、手洗いうがいマスクの徹底、三密を避けることの徹底。その上で適度に活動するべきだと思います。

そのためにはヨーロッパやアメリカなどの状況から学び、日本の現状を適切に理解して「政府からの指示で我慢させられている」から「社会の一員としてこの困難を乗り越える協力姿勢を(自主的に、適切に)とる」という意識の変換が必要なのではないでしょうか。

昨日の安倍首相の会見でも長期戦になることが述べられていましたが、オーバーシュート(感染爆発)を起こさず長期的に戦いそして勝つためには、一人ひとりの理解・納得・実践・協力が必要不可欠だと、帰国してから思うようになりました。

 

 

以下少しだけ参考ページをシェアします(あくまでも自分の目で見て判断してください)。

専門家会議の「クラスター対策」の解説 ――新型コロナウイルスに対処する最後の希望|吉峯 耕平|note

やや古いノートですが専門家会議の見解が詳しく書かれています。昨日の会見内容の趣旨や裏付けがよく理解できます。目に見える感染者数は2週間前の行動結果でしかない……おそろしい。

 

https://twitter.com/kiccy7777/status/1243289589181067264

活動を自粛した場合とそうでない場合の感染拡大のイメージ図です。とてもわかりやすい。ツイッターですがアカウントなくても見れるはず。

 

専門家に聞く“新型コロナウイルス”との闘い方と対策 | NスペPlus

NHKスペシャル番組(私は見ていない)が分かりやすかったらしいのでその記事版をシェア。NHKのコロナ特設ページもよくまとまっていそう。

 

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写真は昨日南アの友人から届いた写真です。誘われたけど行けなかったパーティの写真。ニワトリがいい感じ。一緒にbraaiパーティしたかったな。

 

業務一時帰国

すでにニュースにもなったのでご存知の人もいるかもしれません。

コロナのパンデミックを受けて、先日全協力隊員の一時帰国が命じられました。

www3.nhk.or.jp

 

実は昨日もパラパラと文章を書いてみたのですが、うまくまとまらず諦めました。思えばこのブログをタイムリーに書くことはほとんどしていなくて、何か起きたものを自分の中である程度消化してから、それを文字にすることで整理していたことに今更気づきました。

ここ数日間で色々なことが起きているのだけど、今日はとりあえず現状報告とざっくり所感だけ書こうと思います。

 

まず現状報告ですが、24日の便で出国し、25日に帰国する予定となりました。その後は14日間JICAの施設で待機命令が出ています。任地へ戻るのは早くとも5月中旬。以降は情勢を総合的に見て帰任の時期などを判断するのだと思います。

 

次に思っていることですが、全くまとまらないので箇条書きで、とりあえず書きます。

 

・1785人全隊員を一時帰国させるという大きな判断をし、尽力してくださっている本部や事務所の方々には頭が上がらない。

・正直2年間帰るつもりはなかったので予想外だったし、悔しいというかやるせないというか。けど正しい判断だと思っている。

・せっかく一時帰国するので足りないと気づいた知識や技術を補う時間にする。

・帰国するとわかった途端にいろんな欲が湧いてきた、会いたい人も食べたい物も行きたい場所もたくさんある。けど立場と状況を考えて適切に行動しなければ。

・南アにいたことで、日本の様子は実感が沸かずやや寂しかった。代わりに以前と比べ世界中の様子にアンテナを張るようになった点は良かったと思う。

・どんどん感染者が増え対応も急速に進んでいるアフリカを見ると、本当にパンデミックなんだなと実感。

・不幸中の幸いで切りよく1st termは最後まで見られてよかった。反省(これを書くとまた長くなる)を生かしてこれから本格的に活動したいという気持ち。

・先が見通せない一時帰国の状態でどうモチベーションを保っていくのかが今後の課題になる。

・せっかくなので他国の隊員と自主報告会などできると学びが多そう。

 

以上、ざっくりと今思っていることでした。これまた外部向けというより自分向けになってしまい申し訳ないです。帰国関係以外にも最近の出来事だったり活動のことだったり、またそのうち更新しようと思います。

 

とにかくまずは無事に帰ろうと思います。南アは今日も痛いくらいの晴天です。

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